2011年10月06日

『20代シャベリバ〜等身大で脱原発デモを語る〜』AB

こんばんは、
吉本バナナまんです。

大情研のぶっこみ隊長、P.Q君が
『20代シャベリバ〜等身大で脱原発デモを語る〜』の全編集を終えました!
(パチパチ!)

というわけで、
@の続きのABをアップしちゃいます♪

『20代シャベリバ〜等身大で脱原発デモを語る〜』A


「デモの意味」「デモとは」について、4人(MC含め5人)の学生が
思い思いに語っています。

『20代シャベリバ〜等身大で脱原発デモを語る〜』B


「脱原発に対する思い」また「原発と電力」関連の話題で話しています。

吉本バナナまん的には、Bが一番気に入ってます。
全員たいぶ緊張がほぐれ、なかなか力強い言葉や生活感のある話が出てきて、
面白い仕上がりになっているかなと(^-^)

ぜひ、ご視聴くださいな♪

ではではー




…次、何の話題にしよう???><

posted by 大情研 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ネットラジオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

大情研ネットラジオ新番組『20代シャベリバ』

お久ぶりです。
吉本バナナまんです。

今日は大事なお知らせがあります。

な、な、なんと大情研ネットラジオ、新番組が始まりました!!

その名も……


『20代シャベリバ』


です(//▽//)テレッ

今まで大情研のネットラジオは『大学情報通信』という番組が主でした。
これはテレビで言うところのニュース番組って感じです。
ただし、ネタは大学情報に限っていますっ
一応、大情研ですからねっ(`・ω・´)キリッ

今回の新番組『20代シャベリバ〜等身大で○○を語る〜』は討論番組とバラエティー番組を足して2で割ったような感じ(?)です(笑)
そして、この番組では比較的身近でホットな問題について
「アフォな大学生でも、何も考えてないわけじゃないんですっ><」ということを伝えていければなと考えています。
あと、あまり知られてないけどおもしろいことしてる大学生を取り上げたり、大情研会員が参加した面白いイベントについての語りなどを予定しています。
(どうなるか分かんないけどw)


そこで、記念すべき初回は……


『20代シャベリバ〜等身大で脱原発デモを語る〜』です。


3回に分けてあるのですが、
とりあえず、一回目は自己紹介と脱原発デモに行った感想についてです。

良かったら聞いてみてください(^-^)/



ちなみに、部室でとったので他サークルの音楽を奏でる音が途中から聴こえてきたり、誰かの叫び声が聞こえてくる(笑)かもですが、その辺も楽しんで聞いて頂けたらと思います。

ではではー

posted by 大情研 at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ネットラジオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月24日

夏休みの読書感想文〜

お久しぶりです。
大乱調9号をなんとか発行して夏休みに入り、
ずっと活動がなかったのですが、ひさびさ今週末、学習会があります!
その準備もあって、本を探したりしてた中で1冊紹介します〜

矢野眞和 著『「習慣病」になったニッポンの大学 
18歳主義・卒業主義・親負担主義からの解放』(日本図書センター)

 著者は日本の教育改革は教育の理想を述べたりする精神論や大学に評価を義務づけたり、理念を実現するための法制度の整備を行う制度論が先行して、教育に対して、人、物、金、時間などを投入し配分する政策を行うことを論ずる資源論の議論が少なかったとしています。
そして教育を支える資源は教育の成果に重要な影響を与えるため、資源論がまず論じられるべきだとしています。
 また、日本の大学が社会からみて、重視されなかった理由を日本的家族、大学、雇用システムに基づいた「日本的大衆大学」(18歳主義・卒業主義・親負担主義)の構造が原因であると論じています。
 解決策として、多くの人が大学教育を受けることによる社会的効用を説明することで、大学に公的な投資を行うメリットがあることを述べ、様々な形で大学で学べるような政策(学費の負担の公的部分を引き上げるなど)を取るべきだとしています。

本当にざっくりとした紹介でしたが、その上で僕の感想を少し述べておきたいと思います。

 まず、大学改革と呼ばれる大学を法人化したり、評価を義務付けたりする制度論と大学への資源配分などの資源論とを明確に分けて論じることは重要だと思いました。このように考えると、大学を法人化して、大学への資金を減らすということは大学に資金を獲得させるためというよりも、高等教育へ重点を置くのをやめることであるように見えます。
 また、大学の問題を真っ向から経済面で論ずる見方はあまりないので面白いです。どこかしらで大学を論ずる時には理想の大学像を想定しがちのように思いますがこの本では、そうした部分よりも社会に大きな効用をもたらす大学として論じられている特色があると思います。
その上で、浮かんでくる疑問は「大学である意味があるのか」という点です。
教育研究を通じての真理の追求を標榜する大学というよりは、社会のシステムとして大学が必要である、大学に投資することは有意義だ、ということが中心に論じられているので、大学じゃなくても高等教育機関であればいいのではないか?という疑問が湧いてきます。
これについても資源論を解決してから、大学分化が必要であれば、その制度論を行っていくべきということなのでしょうか。
ちなみに僕は、大学に様々な年齢の人が通うようになったらそうした分化は慎重に検討すべきであると思いますが。
 また、昨今の大学改革への著者の態度に対して若干の疑問があります。
大学改革で行われている制度に対し一定の評価をしているように見える著者ですが、資源論→制度論ではなく、制度論→資源論の「改革」への批判は、あいまいな気がします。
例えば、大学の評価や自己点検に関して、それ自体を著者は批判していないように思われますが、十分な時間や人が確保されていない中、そうした評価を行っても教員等の負担が増えるだけで、効果をあげるようには見えません。そうした場合、その事例自体を十分に批判すべきではないでしょうか。

以上、読書感想文でしたー。興味深い本でした。
P.Q




posted by 大情研 at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

パレード? に行ってきた!!

先日、なにやらパレードなるものがあるという話を聞き、法政大学の多摩キャンパスに行ってきました!!

画像-0005.jpg

横浜線の相原駅からバスで15分、学内に大きな橋があったりする広大なキャンパス。
日差しがカンカンの中、なにやらそれらしき集団を見つけました。
パレードだったはずなんですが、その場でやっていて、集会みたいな感じでした(今度やるときは是非歩いてほしい!)。マイクを使ってなにか周りの人に声をかけて何か言ってもらったり、「トイレを変な形にするくらいならバスをタダにしろ」とか、「原発怖い」とか「朝起きられない」とか…好きに叫んでたりしてました。
パーカッションや管弦楽器などの音楽もその周りでやっていて、それが場を盛り上げていました。
主催者の方によると、サウンドデモと江戸時代の「ええじゃないか」って言うのに着想を得て、大学という場で何かできることはないかということで開催したそうです。またパレードと合わせて討論会も同日に行われたそうです。

なにか発したりして、自分の中にあるものを吐き出している姿はとても楽しそうでした! 
千葉大や早稲田大でもこのようなイベントが行われているそうです。反原発の広がりの中で、大学でも何かやりたい、発さなきゃいけないんじゃないかっ! という認識があるのではないかと思いました。
自分たちでなにかやってみよう! っていうのがいいなぁ、すごいなと思いました。ただ、炎天下! 今後は日焼けには注意しようっと。今日、ヒリヒリです。

P.Q
posted by 大情研 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

教員任期制、経営は民間から…

以前、冊子『大乱調』で扱った内容と関連して記事紹介をしたいと思います!

『チェック機能強化 新生環境大、法定協を設置』(日本海新聞 2011年5月26日)

教員任期制、経営は民間的手法…

どこかで聞いたことのあるような言葉…。これからの大学はこれを「改革」として掲げていかなければいけないのだろうか。
 鳥取環境大学は経営悪化から私立大学から公立大学への移行を進めている大学である。
以前『大乱調』で、この鳥取環境大学が公立化することに関して、賛成の論が展開された。
 
 教員任期制は、はっきりとした実績を残しにくい基礎研究や文系の学問の研究者は十分評価されない可能性があり、応用的な研究をする理系学問には有利に働くように思われる。その結果、応用的な学問に資金が集まり、研究者もそうした研究への志向を強めるかもしれない。
 また、評価する機会の増加によって、教員の事務的な負担が増え、研究に十分集中できないであろうことも考えうる。
 
 経営の民間化は、難しい問題だ。確かに削減できる費用はあるかもしれない。研究とあまり関係のない設備の入札などは行っていくべきであろう。しかし、経営が民間化することによって、さきほど述べたような偏った資金配分や学部自体の廃止によって、教育・研究が十分に行われない、または教育・研究する場自体を奪われる可能性がある。
 しかし、効率化を推し進めるために、学問研究の場である大学、学部を奪ってしまっては元も子もない(例 首都大学東京、現在の大阪府立大学の改革の流れなど)。
 
 大学は学問教育・研究の場であり、利益をあげる場ではない。企業とは性質の異なるものだ。
そうした意味で、鳥取環境大学を地域の知的基盤として維持するべきではないかと考え、公立化に賛成の立場を述べた。今行われている、ありがちな「改革」に賛成するわけではなく。
 
 こうした「改革」をしなければ、大学は存在できないのだろうか。
大学がいかに役立つのかを考えるのではなく、大学がどのような場であるかを考える必要がある。


まぁ、そんなことをネットラジオでもしゃべったりしてます。前回の放送の再生数はあれでしたけど、聞いてくれた方への感謝を忘れず、これからも伝えていこうと思います。
これからもよろしくお願いしますw

P.Q
posted by 大情研 at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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