2011年08月24日

夏休みの読書感想文〜

お久しぶりです。
大乱調9号をなんとか発行して夏休みに入り、
ずっと活動がなかったのですが、ひさびさ今週末、学習会があります!
その準備もあって、本を探したりしてた中で1冊紹介します〜

矢野眞和 著『「習慣病」になったニッポンの大学 
18歳主義・卒業主義・親負担主義からの解放』(日本図書センター)

 著者は日本の教育改革は教育の理想を述べたりする精神論や大学に評価を義務づけたり、理念を実現するための法制度の整備を行う制度論が先行して、教育に対して、人、物、金、時間などを投入し配分する政策を行うことを論ずる資源論の議論が少なかったとしています。
そして教育を支える資源は教育の成果に重要な影響を与えるため、資源論がまず論じられるべきだとしています。
 また、日本の大学が社会からみて、重視されなかった理由を日本的家族、大学、雇用システムに基づいた「日本的大衆大学」(18歳主義・卒業主義・親負担主義)の構造が原因であると論じています。
 解決策として、多くの人が大学教育を受けることによる社会的効用を説明することで、大学に公的な投資を行うメリットがあることを述べ、様々な形で大学で学べるような政策(学費の負担の公的部分を引き上げるなど)を取るべきだとしています。

本当にざっくりとした紹介でしたが、その上で僕の感想を少し述べておきたいと思います。

 まず、大学改革と呼ばれる大学を法人化したり、評価を義務付けたりする制度論と大学への資源配分などの資源論とを明確に分けて論じることは重要だと思いました。このように考えると、大学を法人化して、大学への資金を減らすということは大学に資金を獲得させるためというよりも、高等教育へ重点を置くのをやめることであるように見えます。
 また、大学の問題を真っ向から経済面で論ずる見方はあまりないので面白いです。どこかしらで大学を論ずる時には理想の大学像を想定しがちのように思いますがこの本では、そうした部分よりも社会に大きな効用をもたらす大学として論じられている特色があると思います。
その上で、浮かんでくる疑問は「大学である意味があるのか」という点です。
教育研究を通じての真理の追求を標榜する大学というよりは、社会のシステムとして大学が必要である、大学に投資することは有意義だ、ということが中心に論じられているので、大学じゃなくても高等教育機関であればいいのではないか?という疑問が湧いてきます。
これについても資源論を解決してから、大学分化が必要であれば、その制度論を行っていくべきということなのでしょうか。
ちなみに僕は、大学に様々な年齢の人が通うようになったらそうした分化は慎重に検討すべきであると思いますが。
 また、昨今の大学改革への著者の態度に対して若干の疑問があります。
大学改革で行われている制度に対し一定の評価をしているように見える著者ですが、資源論→制度論ではなく、制度論→資源論の「改革」への批判は、あいまいな気がします。
例えば、大学の評価や自己点検に関して、それ自体を著者は批判していないように思われますが、十分な時間や人が確保されていない中、そうした評価を行っても教員等の負担が増えるだけで、効果をあげるようには見えません。そうした場合、その事例自体を十分に批判すべきではないでしょうか。

以上、読書感想文でしたー。興味深い本でした。
P.Q




posted by 大情研 at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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